4倍する幼虫期(「素数ゼミの秘密に迫る!」への反論)


@ 氷河期が来ても幼虫期間は長くならない

 この夏に、ソフトバンク クリエイティブ株式会社より吉村仁著の「素数ゼミの秘密に迫る!」が出版されたので、反論を書いてみた。前著「素数ゼミの謎」が子供向けだったのに対し「素数ゼミの秘密に迫る!」は周期ゼミの採集記などもあり、大人向けになっている。また、セミの幼虫が導管から養分をとっていることをことさら強調していたり、メンデルの法則がでてくるところを見ると、「素数ゼミの謎」の反論、「3と4の偶然」を読んでいただけたのかもしれないという気がする。
 この本には、氷河期がやってきてセミの幼虫期間が長くなったというのがある。たとえば、沖縄のセミの幼虫を本土で保温せずに飼育すれば、それは沖縄のセミにとって氷河期になったようなものだろう。いや、それ以上かもしれないが、これは実験済みである。庭からクロイワツクツクが羽化したので、沖縄のクロイワツクツクも保温しなくても羽化するのではないかと思い飼育してみた。飼育したのは、クロイワツクツクとオオシマゼミ、クロイワツクツクは産卵した翌年の8月上旬に孵化し、幼虫期間2年〜3年で、オスのみ9月の末から10月にかけて羽化し、メスは積算温度が足らないせいか羽化できなかった。オオシマゼミも産卵した翌年の8月中旬に孵化したが、2年で終齢まではなったが羽化にはいたらなかった。沖縄のオオシマゼミの幼虫期間は最長2年までしかないようである。吉村氏の学説が正しければ、幼虫期間が長くなり、正常に羽化してくるはずであるが実際にはまともに羽化しないのである。セミの幼虫期間は、前もっていくつかの成長パターンが決められていて、それに沿って成長しているにすぎず、その範囲を超えてしまうと羽化できないのである。ところが、奄美大島のクロイワツクツクでは異なり、卵の孵化が翌年の7月中旬、奄美大島産のオオシマゼミが翌年の7月下旬となり、クロイワツクツクが幼虫期2〜3年で、8月中旬より、オオシマゼミが2〜4年で8月下旬から羽化が始まり、オスもメスも正常に羽化したのである。奄美大島は氷河期には温帯になっていたらしく、リュウキュウアブラゼミ、クロイワニイニイなども温帯的特長を持っている。クロイワツクツクは沖縄と奄美大島では幼虫期間には変化がなく、奄美大島のもので、積算温度が低くても羽化できるようになっているだけである。オオシマゼミでは2年の幼虫期間の延長が見られる。このことから考えて気温が低下すると、初めは積算温度が低くても羽化できるようになり、それでもだめな時に幼虫期間の延長が起こることがわかる。クロイワツクツクで幼虫期間の延長が起こるのは屋久島まで北上してからである。
 次にアブラゼミについて考えてみる。アブラゼミの幼虫期間は2年〜5年で関東地方あたりでは普通3〜4年と考えられる。分布は屋久島から北海道南部までと広い。仮に氷河期がやってきて、東京が函館並みになってもアブラゼミは幼虫期間の延長は行わなくてもよいことになる。以上のことから氷河期がやってきて、幼虫期間の延長が起こったとしても2年くらいで、とても10数年の長さには及ばないのである。また、大陸のような場所では気温が低下すれば、暖かい南のほうへ逃げればよいのだから、なおさら幼虫期間の延長は行われないと思われる。幼虫期間が長くならない以上、吉村氏の学説はこの時点で成り立たないのである。


ミンミンゼミのミカド型
ミンミンゼミのミカド型

A 比率が遺伝するミンミンゼミのミカド型

 ミンミンゼミには全体が緑色の個体、ミカド型がいる。ミカド型は着色不良を起こした個体と考えられる。ミカド型が見つかる場所で、正常な個体を採集し、産卵させ、羽化させるとその中からミカド型が出てくることがある、また、ミカド型どうしを掛け合わせるとミカド型の出てくる割合が高まる。しかし、ミカド型どうしの掛け合わせを繰り返しても100パーセントミカド型にはならないし、正常な個体を掛け合わせれば、ミカド型の比率は下がると思われるが、正常な個体を掛け合わせ続けてもミカド型がゼロになることはないと思われる。セミの遺伝はメンデルの法則のように単純なものではない。


B 4倍する幼虫期

 セミの幼虫期間は、ツクツクボウシが1〜2年、アブラゼミ、ミンミンゼミが2〜5年、ニイニイゼミが3〜5年、クマゼミが4〜5年などとなっていて、日本のセミが毎年鳴くのは幼虫期間がばらついているからである。吉村氏の学説が成り立たないもうひとつの理由がこの幼虫期間ばらつきにある。単純に幼虫期間が伸びたとすると、たとえば、17年主流の場合は16年〜18年ぐらいにかけて、16年主流の場合は15〜17年ぐらいの間羽化が続くことになってしまい、計算どおりにはならないのである。もし周期ゼミが単純に幼虫期間が延びただけならば毎年のように周期ゼミも鳴くようになるはずである。ところが周期ゼミは同じ場所で毎年鳴かない、そこに周期ゼミのなぞを解く鍵が隠されている。
 「3と4の偶然」の中で周期ゼミは普通のセミの幼虫期間を3〜4倍しているのではないのかと考えたが、むしろ元の幼虫期間が3〜4年でそれを4倍して1年を加えていると考えるべきだろう。セミの幼虫期間はばらつくのが普通だ、13年と17年を幼虫期間のばらつきと考えて、13年と17年の差は4年、普通、幼虫期間のばらつきは1年だから4倍しているというわけだ。13年ゼミと17年ゼミのそれぞれ対応する3種を少なくとも昔は同じ種類で幼虫期間が違っていただけと仮定して、13年を3年に17年を4年に置き換えてみる。南の方では条件が良いので、おもに3年で羽化し、北の方では条件がやや悪いので、おもに4年で羽化し、中間では両方見られということになり、日本の普通のセミの幼虫期間のようになる。条件が悪ければ、13年のものも17年で羽化し、逆に条件が良ければ、17年のものも13年で羽化する可能性があることになる。遺伝的に17年で13年周期を持つとされるネオトレデシムはその例だということになる。さらに、元の幼虫期間が3〜4年でそれを4倍して1年を加えているだけだとしたら(1年を加えるといっても普通のセミの幼虫期間に直せば、3ヶ月余計にかかっているにすぎないのだが)、13年と17年しかありえないことになる。16年や18年の場合は普通のセミの幼虫期間に直せば、それぞれ3ヶ月ずれて羽化していることになり、本来6月に羽化するはずが3月や9月に羽化しているようなものだから、それを維持するのは困難と思われ、消えてしまい、13年と17年しか残らないものと考えられる。なぜ4倍なのかは、セミの幼虫は師管から養分をとっている。師管が細胞の集まりだからこそ、セミの幼虫に養分を与えなくすることができる。したがって、セミの幼虫は植物の抵抗を受けてしまい、ある一定の範囲内に生息できるセミの幼虫の数はおのずと限られてしまう。周期ゼミは天敵の影響を無視できるレベルにするため、大集団を作るのが目的だったはず、「ある一定の範囲内に生息できるセミの幼虫の数は制限される」という壁がそれを阻むことになる。たとえば4年間で蓄積できる幼虫の数が100だったとするとそれ以上は増やせないことになる。そこで、周期ゼミは幼虫の蓄積年数を延ばす方向に進化した。成虫の集団の規模と幼虫期間の長さで、折り合いがついたのが4倍だったのだと思う。
 セミの幼虫はゆっくり成長しているわけではない、休み休みやっているから長くなっているだけだ。関東地方の平地にいるセミの幼虫はおもに6月と9月頃の2ヶ月ぐらいしか成長しない。この年2回成長パターンがセミの生活史の骨格を成している。したがって普通幼虫期間3〜4年のアブラゼミ、ミンミンゼミの実質的な幼虫期間は6ヶ月程度、幼虫期間1〜2年のツクツクボウシにいたっては4ヶ月程度で成虫になっている計算になる。成虫の期間は一月ぐらいである。幼虫期間が数ヶ月から半年で成虫の期間が一月程度の昆虫はざらにいる。見方を変えれば、セミもほかの昆虫と大差がないことになる。また、周期ゼミの幼虫期間も4分の1に圧縮すれば普通のセミと同じになるのである。


C そのほか気づいたこと

 「素数ゼミの秘密に迫る!」の中でほかに気になることは、クマゼミが地域によって鳴き声が異なるという点で、以前、城ヶ島のクマゼミと西表島のクマゼミの鳴き声を比べたことがあるが、気温の関係かもしれないが、西表島のクマゼミの鳴き声のピッチがやや早かっただけで、それ以外に違いはなかった。クマゼミの鳴き声は地域による違いは少なく、人によってセミの声は違って聞こえるということだと思う。
 次に気になるのは競合する相手がいないので、セミやコオロギ、キリギリスの鳴き声が単調になるという話で、北アメリカはエゾゼミ類が多いと聞くので、そもそも鳴き声が単調なのではないかと思う。また、日本には3種のハルゼミいてどれも鳴き声が地味だと書いてある。ハルゼミ属をハルゼミの仲間だとすると、ハルゼミとエゾハルゼミしかいないわけだが(ヒメハルゼミは属が違う)、ハルゼミはともかく、エゾハルゼミは変わった鳴き方をするゼミである。ようするに競合する相手がいないからといって鳴き声が単調になるとはかぎらないのである。さらに、ツクツクボウシの鳴き声が複雑だとも書いてあるが、波形を見ると弱音と強音の繰り返しでしかない。そのほか、マツムシの写真がアオマツムシになっていたり、マツムシモドキは鳴かないだろう。など詳しく調べていったら問題がいくらでもでてきそうな本である。
 本来なら、周期ゼミの幼虫期間を語るにあたり、所詮は同じセミなのだから日本のセミの幼虫を調べたうえで語るべきなのに、吉村氏は机の上で計算ばかりして、それを現実に押し付けようとしている。だから、実体の伴わない推論ばかりになる。そういう意味ではSFに違いないのである。

セミの鳴き声の波形

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