3と4の偶然(「素数ゼミの謎」への反論)


はじめに

 吉村仁氏の「素数ゼミの謎」という本を遅ればせながら読んで見た。この本はおもに北アメリカ周期ゼミについて書かれたもので、 なぜ周期ゼミの幼虫期間が13年と17年なのかを素数によるものだと論じている。どちらかというと子供向けの本である。


アブラゼミの幼虫期間は3〜4年

 最初にアブラゼミ、ミンミンゼミの幼虫は6〜7年地中にいると書いてあり、なぜか途中から6〜9年になっている。 アブラゼミ、ミンミンゼミの幼虫期間は2〜5年で、関東あたりでは普通3〜4年、卵期1年。ツクツクボウシは幼虫期間1〜2年(1年がやや多い)、卵期1年。 クマゼミ幼虫期間〜5年、卵期1年。ニイニイゼミは〜5年で年が多い。卵期45日前後。
 アロエによる飼育結果は自然のものと異なるのではと言う意見もあるが、庭で見つかったミンミンゼミの脱皮殻も4年ごとに多くなっていたし(最近ははっきりしなくなってきた)、 ツクツクボウシが産卵した枯れ枝を木につるしたままにしておくと、卵が孵化した翌年にその付近でツクツクボウシの脱皮殻が見つかることがあるが、さらに翌年は見つからないことが多い。 ニイニイゼミは以前から幼虫期間が4年ではないかと言われていた。以上のことからアロエによる飼育は自然のものと大差がないと考えられる。
 しかし、アブラゼミの幼虫期間が7年と思っている人は依然として多い。これは加藤正世博士の「蝉の生物学」に産卵後7年目に アブラゼミが羽化すると書かれているものが変じて、幼虫期間7年になってしまったのではないのかと思う。 卵期1年 、幼虫期間5年が正しいわけだが、幼虫期間5年は条件の悪いときに現れる最大値である。


成虫の寿命は1ヶ月

 次に成虫の寿命が2週間になっているが、セミの成虫の寿命はおよそ1ヶ月である。成虫の飼育は木をセミに合わせるのが難しいが、 木が合えば、羽化直後から飼育して1ヶ月ぐらい生きているのが普通で、最長飼育記録はリュウキュウアブラゼミの 70日である。また、セミヤドリガという蛾の幼虫がセミの成虫に寄生することが知られている。大串龍一氏の「セミヤドリガ」 によれば、マーキングによるセミヤドリガの幼虫期間は14〜16日で寄生された日と奇主を離れていった時期はこの中に含まれていないので、 本当の生育期間はこれよりも長いとしている。野外からセミの成虫を採集してきて飼育しているときにセミヤドリガの幼虫が見つかることがあり、 もっとも長くセミヤドリガの幼虫が寄生していた日数は19日だった。これらのことから、セミヤドリガの幼虫期間は20日弱と思われる。 セミヤドリガの幼虫期間がセミの寿命より長いわけがないので、セミの寿命の2週間はありえない。セミの成虫が1ヶ月ぐらい生きていないと セミヤドリガも繁殖できない。


養分は師管から

 さらに幼虫は道管から養分をとっていると書かれてあるが、普通は師管から養分をとっている。島本寿次氏の「クマゼミの島」の中で、 幼虫の排泄物からでんぷん反応が出たことが書かれている。セミの幼虫の飼育はおもにアロエを使っているのだが、セミの幼虫が終齢に近づくと 幼虫が樹液をとる量が増えるので、アロエが枯れ死することが時々ある。セミの幼虫が道管から養分をとっているのならアロエが枯れることはない。 そもそも目の前にご馳走(師管からの養分)があるのにそれを食べないで水ばかり飲んでいる動物はいないだろうし、もしそうだとしたら、 直接土から水を吸い上げれば済むことで、植物に依存する必要もないと思われる。
 セミの幼虫はだらだらと成長しているわけではなく、普通、年に2回、6月頃と9月頃に成長する時期があり、それぞれ1ヶ月ほど続く。 (卵の孵化時期も成虫の出現時期もこの幼虫の発育パターンの延長線上にあると考えられる。幼虫の活動期が1ヶ月なので成虫の活動期(寿命)も1ヶ月という見方もできる。) 幼虫の本当に成長している期間をづなぎ合わせると、幼虫期間1〜2年のツクツクボウシの実質的な幼虫期間は4〜5ヶ月、 普通3〜4年のアブラゼミ、ミンミンゼミも6ヶ月にも満たないことになる。見方を変えると、セミの幼虫期間は実質4〜6ヶ月ぐらいで、 成虫の期間が1ヶ月となり、セミはそれほど変わった昆虫ではないということになってしまう。セミの幼虫期間が長いのは、休み休み成長しているからである。


幼虫期間は最大値を超えられない

 また、周期ゼミの幼虫期間が長いのは氷河期による気温の低下だとしている。セミの幼虫はたとえ発育が悪くなってもそのセミが持っている幼虫期間の最大値を超えることは簡単ではない。 たとえば、ツクツクボウシの最大幼虫期間は2年でこれを超えることはできない。以前、成長が悪く2年で羽化できないものがあった。 それは冬を越して夏ごろまでは生きていたが、羽化することはなかった。3年で羽化する生活史そのものがないためと思われる。 気温の低下などで幼虫の成長が悪くなって最大値を超えてしまうと羽化できなくなり、セミはいなくなるので幼虫期間が長くなった説明にはならない。 したがってこれ以降のなぜ13年と17年になったのかという説明も成り立たなくなってしまう。14年とか15年とかいろんな周期を持ったセミが現れたが、 交雑によって周期がでたらめになって、雄と雌の出会いが減り、数も減り、やがてはいなくなり、交雑の可能性の低い13年と17年の周期を持ったセミだけが今日まで残ったという説である。 優性遺伝や劣性遺伝があるから交雑をしたからといって中間的なセミが出てくるとは限らない。ツクツクボウシの屋久島と本土の掛け合わせ実験のF1は本土的要素が強く出る。 また、数が減ったからといって絶滅するとも限らない。そもそも同じ場所にいろんな周期を持ったセミが現れるのはおかしいし、南斜面と北斜面で周期が異なったりしないだろう。 せいぜい羽化の時期が数日遅れるぐらいだと思う。セミの幼虫期間は絶対的なものではなく、ばらつきがあるのが普通だ。だから日本のセミは毎年鳴く。


周期ゼミの幼虫期間はなぜ長くなったのか?

 周期ゼミの幼虫期間がなぜ長くなったのかは、周期ゼミの幼虫を飼育してみれば、ある程度はわかるかもしれない。残念ながら周期ゼミは日本にいないので推理だけしてみる。 日本の温帯のセミは卵期を含めた一世代の長さが年のものが多い。倍すると12、倍すると16になり、それぞれ1を加えると13,17になる。 何らかの理由で1年余分に長くなっていると考えれば、単純に3〜4倍しているだけだろうと思う。それではなぜ3〜4倍しなければいけないのか、 周期ゼミは大発生することによって繁栄してきたセミと考えられる。大発生させるのには地下に大量の幼虫を温存させておく必要がある。そして大量の幼虫が一斉に樹液を吸う。 個体数が少なければ、それは無視される量であろうが、限度を超えれば無視できないものとなり、植物側は何らかの自衛手段をとる可能性が出てくる。セミの幼虫に養分を与えなくしてしまう可能性。 養分がとれなくなってはセミの幼虫にとっては死活問題になる。そこで植物に気づかれないように少し樹液をとっては休みを繰り返し、本来なら年もあれば成虫になるところを 3〜4倍の長さをかけて大量の成虫を羽化させることに成功したというのはいかがだろうか?この考えだと周期ゼミが小さいのも当然と言える。大きいと早い段階から植物の抵抗を受けてしまうからだ。
 実際にセミの幼虫が養分をとれない木はいくらでもある。ホンコンカッポクやクラスラ(花月、金のなる木)は成虫になることができない。ユッカもニイニイゼミやツクツクボウシなどは成虫になるが、 ミンミンゼミは終齢まで育ったが成虫になれなかった。アロエがセミの幼虫の飼育に適しているのは、アロエ側からの抵抗を受けなくてすむからと思われる。
 周期ゼミの幼虫期間が素数なのは単なる偶然であり、素数とセミの幼虫期間は無関係である。

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