蝉雑記帳‘98


1、3週間前倒しの奄美大島

 7月11〜12日、奄美大島にきていた。名瀬市のホテルの裏山ではニイニイゼミに混 じり早くもクロイワツクツクの声がしていた。本茶峠、セミの声が妙に少ない。いつもな らしまりのない合唱をしているはずのヒメハルゼミの声がまるで聞こえない。山の中腹で 1度声を聞いただけ、ニイニイゼミも少なくなっていて、クロイワニイニイに至っては枯 れたススキの穂に産卵痕を見るにすぎない。かわりにこの時期、本茶峠ではあまり聞かな いリュウキュウアブラゼミの声がわりとしていた。夕方5時頃、今まで7月10日前後に は1度も聞いたことがなかったオオシマゼミの声を中腹で散発的に聞いた。まだ鳴くのは 夕方だけらしく、翌日の昼間は鳴いていなかった。かわりにセメント工場の空き地にはキ リギリスが鳴いていた。ここのキリギリスは声が低く、「チョン」をめったに出さない。道 ばたのハイビスカスにはアゲハの仲間が次々と訪れ、たぶん、いつもなら7月末か8月上 旬の奄美大島の真夏の風景を見せてくれた。
 奄美大島には9月26〜27日にもきている。例年最盛期かそれに近い状態のオオシマ ゼミ、リュウキュウアブラゼミはまたしても散発的にしか鳴いていない。どうやら終わり のようで、奄美大島のオオシマゼミは沖縄のオオシマゼミほど遅くまで鳴いていないよう だ。クロイワツクツクはまだかなり残っていたが雌が目立つ。冬のうちから気温が高かっ た奄美大島はセミの季節が3週間ほど前倒しに過ぎていったようである。


2、富山(とみさん)

 7月19日、内房線佐貫町駅についたとき開いたドアからニイニイゼミの声が飛び込ん できた。今まで行っていた観察地は市原市の高滝の神社とは高滝ダムを渡って対岸の丘の 上にあったが常緑広葉樹が切られ、観察に不向きになったため、別の観察地を探すことに して観光をかねて富山町富山まで出かけた。内房線岩井駅を降りると佐貫町であれほどし ていたニイニイゼミの声がしない。山の方へしばらく歩いて行くと水田地帯となる。山の 方でかすかにニイニイゼミの声がする。ナツノツヅレサセコオロギの声がしているのはこ の地方が温暖である証拠だ。小一時間ほど歩くと滝沢馬琴の「南総里見八犬伝」にでてく る伏姫が愛犬八房とともに隠れ住んだという伏姫籠穴にたどり着く。ここまでくるとニイ ニイゼミの声が多くなってくる。途中ヒメハルゼミがいそうな環境はあるのだが、肝心な ヒメハルゼミはいない。さらにモンキアゲハが舞う道を登って行くと舗装道路が切れ、そ こからは打って変わって急な登山道となる。登山道の入り口付近は常緑広葉樹が残り、や っとヒメハルゼミの声を聞くことができた。しかし、今年は出現が早かったらしくあまり 鳴いておらず、急斜面で木も高く観察に不向きだ。一時間ほど急な山道を登ると標高34 2メートルの山頂にいたる。途中ほとんど杉の植林で、たまにニイニイゼミの声と逃げて 行くヒグラシの悲鳴が聞こえるだけ。山頂付近や尾根づたいには常緑広葉樹が残り、ヒメ ハルゼミが鳴いているが、やはり木が高く、手に負えないので早々に退散した。帰りに伏 姫籠穴でニイニイゼミ1雄を採集したところ、まだ未熟な個体だったので、ニイニイゼミ はこれから最盛期になると思われた。また、富山近くの小山の山頂付近からもヒメハルゼ ミの声が聞こえていたので、この付近ではある程度標高があり常緑広葉樹が残る山にはヒ メハルゼミはいそうである。夕方には岩井駅の周辺でもニイニイゼミの声がわずかにして いた。街が広がって行くとニイニイゼミは山の方へと行ってしまう。駅からさほど遠くな いところに急斜面に常緑樹が茂る丘があったが、ニイニイゼミとヒグラシが鳴くだけで標 高が低いせいかヒメハルゼミはいない。改めてヒメハルゼミは低山帯のセミであることに 気づいた。


3、ナメクジが羽化中のセミを襲う

 今年は雨が多かったためか、ただでさえ日当たりが悪い自宅はナメクジが多発。セミの 幼虫を飼育しているアロエのおいてある温室の中もナメクジだらけ、鈴虫の飼育容器のな かまで進入し、鈴虫のエサを食べている。網で囲ってある中にアロエを入れてセミを羽化 させているのだが、網の目が粗くナメクジが出入りしている。8月4日の夜、網に止まっ て羽化中のツクツクボウシ1雄がいた。胸部が殻から出たとろこで、近くにいたナメクジ が羽化中のセミに食らいついた。しばらくするとナメクジはセミを殻から引き出し、少し 離れた場所へと移動した。唖然としていたのでその後はどうなったか不明。アロエにも羽 化中のツクツクボウシの雌がいて、それにもナメクジが近づいていったが、ナメクジがた どり着く前に羽化が終わったので難を逃れた。今まで羽化直後にオオゲジ、ウマオイの雌 に襲われたことはあったがナメクジは初めてである。ナメクジはクツワムシの1齢幼虫や 脱皮中の幼虫に食らいついていたことがあった。



表1アロエから羽化したセミ1998年

 
セミの種類 羽化日 羽化数 幼虫期間備考
ニイニイゼミ 7月1日
7月3日
7月4日
7月7日
7月9日
1雄
  1雌
  1雌
  1雌
  1雌
4年
4年
4年
4年
3年
ユッカから羽化
ユッカから羽化 羽化失敗
ユッカから羽化
ユッカから羽化
ユッカから羽化
ミンミンゼミ 7月6日
7月8日
7月16日
7月20日
7月31日
1雄
1雄
  1雌
  1雌
  1雌
4年
4年
4年
4年
4年
ミカド型
ミカド型
ミカド型
ミカド型
ミカド型
ツクツクボウシ 7月25日
7月26日
7月27日
7月29日
7月30日
7月31日
8月1日
8月2日
8月3日
8月4日
8月5日
8月6日
8月7日
8月12日
8月13日
8月14日
8月15日
8月17日
8月19日
8月19日
8月21日
8月24日
8月28日
8月30日
9月7日
9月11日
9月19日
9月21日
2雄
  1雌
1雄
1雄
1雄
  1雌
1雄
  1雌
1雄1雌
1雄1雌
  2雌
1雄
  1雌
1雄
2雄1雌
  1雌
  1雌
  1雌
  1雌
1雄
  1雌
  1雌
  1雌
  1雌
  1雌
  2雌
  1雌
  1雌
2年
2年
2年
2年
2年
2年
2年
2年
2年
2年
2年
2年
2年
2年
2年
2年
2年
2年
2年
1年
2年
1年
1年
1年
1年
1年
1年
1年
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 屋久島産
 屋久島雄×本土雌(F1)

 屋久島雄×(屋久島×F1)雌
 屋久島雄×(屋久島×F1)雌
 屋久島雄×(屋久島×F1)雌
 屋久島雄×本土雌(F1)
 屋久島雄×(屋久島×F1)雌
 屋久島雄×(屋久島×F1)雌
 屋久島雄×(屋久島×F1)雌
クロイワツクツク 9月29日
10月1日
1雄
1雄
3年
3年
沖縄産
沖縄産



4、庭のセミ

 自宅の庭より見つかったセミの脱皮殻はミンミンゼミ14雄8雌、アブラゼミ5雄2雌 ツクツクボウシ8雄2雌、ヒグラシ1雄で、4年前少なかったのでツクツクボウシをのぞ き昨年より少なくなっている。ニイニイゼミの脱皮殻は見つかっていないが、庭で6日ほ ど鳴いていたし、羽化直後の雄を見ているがどうやら奄美大島産らしい。注目すべきは今 まで見つけることのできなかったヒグラシの脱皮殻が一つ見つかっていることで、自宅の 庭が木が茂り、薄暗くなってヒグラシ向きになってきたことを示している。なお自宅付近 のヒグラシの初聞き7月17日、終聞きは9月5日の朝、自宅の庭。
 ヒグラシをのぞく多くのセミは林の縁など開けた場所の周辺から多く発生する傾向があ る。開けた場所が少なくなってしまった自宅の庭は1980年代から比べるとセミの発生 量が半減している。
 8月中旬、セミが少なかったせいか、いつもなら通り過ぎ行くだけのオナガが庭に居着 いて、ほぼ一日中3羽ぐらいでセミを追い立てていたので急にセミがいなくなってしまっ た。それが8月17日の朝を最後に帰省でもしていたのかと思えるほど忽然と姿を消した。 その後アブラゼミは少し持ち直した。
アロエから羽化したセミは表1のとおりである。ツクツクボウシの屋久島雄×本土雌(F 1)の掛け合わせ実験3回目は多発生傾向だった1回目とは異なりアロエがだめになった わけでもないのに1雄1雌しか羽化しなかった。また、戻し交配のさらに戻し交配(屋久 島雄×(屋久島雄×F1雌)雌)は雌しか羽化しなかった。掛け合わせで生じた系統は最 終的には消滅すると考えられる。


5、影響のなかったヒグラシ

 8月9日自宅のソメイヨシノで飼育中のヒグラシ1雄にセミヤドリガの幼虫2個体が寄 生しているのに気づいた。このヒグラシは雌と共に8月1日に埼玉県東松山市の物見山よ り採集したものである。今年の物見山はヒグラシ、ニイニイゼミが少なく、中腹ではずっ と少ないはずのミンミンゼミが点々と鳴いていて、ニイニイゼミが減少、ミンミンゼミが 増えるといった現象がここでも起きているような印象を受けた。セミのかわりに蚊が大発 生して襲ってくるものだからセミ採りどころではなかった。そのセミヤドリガの幼虫はす でに終齢のようで、日増しに白くなっていった。普通なら鳴かなくなるはずのヒグラシが 今度ばかりは平気で何事もなかったように8月13日まで多少声の響きが悪いようだった が、夕方になると鳴いていた。14日にセミヤドリガの幼虫がヒグラシから離れると今度 はヒグラシは鳴かなくなった。そして数日で死んでいる。たまたま寿命で鳴けなくなった のか、寄生によるものなのかはわからない。同じ日に採集したヒグラシの雌にもセミヤド リガの幼虫1個体の寄生が見られた。少なくともこの雌は寄生を確認してからは産卵して いるのを見ていない。8月19日にセミヤドリガの幼虫はヒグラシの体から離れている。 採集した時点で寄生を受けていたと考えると19日間というのは今まででもっとも長い。 20日くらいがセミヤドリガの幼虫期間かもしれない。


6、小浜島

 9月14日、騒々しいエンジン音と波しぶきを上げなら高速船は西表島の東に浮かぶ小 島、小浜島へと向かった。小浜島は最近イワサキゼミが発見された島でそれを見に行った。 ほぼ平坦なその島は一番高いところで99メートルの大岳(うふだき)、とりあえずそこま で行ってみることにした。港をでると両側にギンネムの低い木が続く道を進んで行く、ほ とんどがサトウキビ畑、所々に広葉樹の林が残っている。その林の中からイワサキゼミの 声が聞こえてきた。林に通じる道がなかったので先を急ぎ、道を間違えて遠回りして大岳 についた。大岳はサトウキビ畑に囲まれた小山で遊歩道が造ってあり、少し登れば山頂で ある。木もある程度剪定がされており、あまり大きくない、また、遊歩道の周辺は草や灌 木が刈られており、ハブの心配など全くない。イワサキゼミの個体数もかなり多く、石垣 島のバンナ岳よりも多かった。観光客などめったにこないので唯一暑いのをのぞけば最高 の観察地である。イワサキゼミは写真などを撮っているうちはよかったが、いざ採集とな るとすんでの所で逃げられる。以前はもう少し楽だったように思うが、網を持って追い回 しているうちにみんな採りにくい方へといってしまい、飲み物の確保をしていなかったの も手伝って、あまりにも暑いので2雄のみ採集して退散した。
 この日の夜、石垣島でNIFTY−Serve昆虫フォーラム6番会議室で知り合いと なったハンドルネームOhrwurm氏と会った。Ohrwurm氏と実際に会うのはこ の夜が初めてだった。6番会議室でミンミンゼミの増加は乾燥化とは無関係ではないのか という意見がOhrwurm氏よりだされ、ちょとした論争になった。このへんのやりと りについては昆虫フォーラム6番会議室を見てもらうことにして、この決着?のためOh rwurm氏との対談となった。もちろんそれ以外の話しもしたが、未だ納得されていな いようだった。翌日はOhrwurm氏の職場のテリハボクの防風林でイワサキゼミを採 らせてもらった。防風林は高く、イワサキゼミは木が高いと上の方へといってしまうので、 木の低いところを見つけて採集したが、クロイワツクツクなら手で採れそうな密度でもイ ワサキゼミは逃げてしまう。イワサキゼミ採りは新北風(ミーニシ)が吹いてからにした いものだと思った。
小浜島
小浜島
大岳
大岳

イワサキゼミ
イワサキゼミ

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