蝉雑記帳’97



表1アロエから羽化したセミ1997年

 
セミの種類 羽化日 羽化数 幼虫期間備考
ニイニイゼミ 6月26日
6月27日
6月28日
6月30日
7月1日
7月1日
7月2日
7月3日
2雄
2雄
  1雌
1雄
1雄
  1雌
  1雌
  1雌
4年
4年
4年
4年
3年
4年
4年
4年
奄美大島産
奄美大島産
奄美大島産
奄美大島産
本土、ユッカから羽化
奄美大島産
奄美大島産
奄美大島産
ミンミンゼミ 7月13日 2雄 3年 2雄ともミカド型
ツクツクボウシ 7月15日
7月16日
7月19日
7月23日
7月25日
7月28日
7月31日
8月1日
8月11日
8月12日
8月13日
8月18日
8月20日
8月22日
8月25日
8月29日
9月3日
9月4日
9月4日
9月5日
9月6日
9月23日
1雄
1雄
1雄
1雄
1雄
  1雌
  1雌
1雄1雌
  2雌
1雄
  1雌
  1雌
1雄
  1雌
  1雌
  1雌
  2雌
  1雌
  1雌
1雄
  1雌
  1雌
2年
2年
2年
2年
2年
2年
2年
2年
2年
2年
2年
2年
1年
2年
2年
1年
1年
2年
1年
1年
1年
1年
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 屋久島産
 屋久島産
 
クロイワツクツク 8月30日
9月28日
10月8日
  1雌
2雄
1雄
2年
2年
2年
5〜6月加温、沖縄産、強制的
沖縄産
沖縄産 強制的


1、奄美大島と本土のニイニイゼミ

 4年前の1993年、奄美大島でススキの枯れた茎に産卵してあったクロイワニイニイの ものと思われた卵を多数採集してきた。その一部はアロエ、ペペロミヤの混合飼育を試み たが失敗し、一部は庭の木につるしておいたが、羽化した形跡はない。原因は耐寒性がな いのかニイニイゼミと同じように細い根に寄生するために羽化しなかったのか定かではな い。ちなみに庭より発見されたニイニイゼミの脱皮殻は1個体(雌?)のみである。さら に一部は宮古島のクマゼミを飼育していた容器に間借りさせた。当の宮古島のクマゼミの 幼虫は1996年秋に終齢になっているのを確認したが、羽化にはいたらなかった。終齢 幼虫の耐寒性は弱いらしく、本土のものとまったく同一ではない。同じく1996年秋に その容器にニイニイゼミ類の終齢幼虫がいるのに気づいた。最初はクロイワニイニイと期 待したが、例によって羽化したのはニイニイゼミだった(表1を参照)。産卵痕を集める 際に、周りでニイニイゼミしか鳴いていないような場所からも採集したものがあったので、 それが当然のようにニイニイゼミのものだったのだろう。
 羽化したニイニイゼミは本土のものよりいくらか小さ目でもっとも飼育のせいかもしれな いが、黒っぽいと言えば黒っぽく見えるが、奄美大島の典型的な黒化型は現れなかった。 緑色を帯びたのもいたのだが、飼育しているうちに橙色になってしまった。ようするに見 てすぐに分かるような違いはなかった。鳴き声はいくらか周波数が高いのか声の届きが悪 く、“チィー”と“ジー”の繰り返しの周期がややゆっくりしている。普通のニイニイゼ ミといっしょに鳴かせると、しばらくするとたいていの場合、普通のニイニイゼミの方が 鳴き止むか誘い鳴きになる。沖縄のニイニイゼミと本土のニイニイゼミのような鳴き声に よる識別は完全でない。また、雌が近くにいる時の誘い鳴きが沖縄のクロイワニイニイの 誘い鳴きに似る。しかし、これらのことは比較する普通のニイニイゼミがいて初めてわか ることで、奄美大島のニイニイゼミだけを聞いているだけではその差はわからないと思う。 決定的な違いは幼虫期にある。普通ニイニイゼミの幼虫はアロエでは生存率が低くなるが、 奄美大島のニイニイゼミは低下しない。今まで飼育によって得られた普通のニイニイゼミ は今年のも含めて10個体、それもユッカやほかの植物との混合によるもので、アロエ単 独ではない。それが今回アロエだけで9個体も羽化している。生存率の高さがうかがえる と思う。それとニイニイゼミ終齢幼虫は短めながら坑道を作るが、奄美大島のものははっ きりとした坑道は作らない。11月から翌年の3月ころまで死んだようになり、活動が完 全に停止する。普通のニイニイゼミにつてはわからないが、ミンミンゼミが同じようにな る。
 飼育した奄美大島のニイニイゼミは2雄(2雄は逃げられ、1雄は口吻障害で死亡)、2雌 (1雌は原因不明の早死に、1雌はユッカから羽化した普通のニイニイゼミと掛け合わせ た)で、鳴き初めは羽化後4日後の6月30日。7月17日には庭で羽化したと思われる 普通のニイニイゼミ1雌が多少戸惑っているような感じではあったが飛来。奄美大島のニ イニイゼミと掛け合わせた。奄美大島のニイニイゼミの死亡後、普通のニイニイゼミの雄 を入れたところ再交尾をしているのを確認。
 今回の掛け合わせは奄美大島雄×本土雌と本土雄×奄美大島雌とやってみた。この二つの 組み合わせとも孵化は正常だった。特に雌が奄美大島の組み合わせの場合ユッカでの生存 率はかなり高い。


2、アブラゼミ多発

 ニイニイゼミとヒグラシの初聞きは7月8日で平年並みだったが、アブラゼミは7月1 3日には隣町の茎崎町や藤代町で複数の声を聞くことができた。
 庭で見つかった脱皮殻はアブラゼミ26個(17雄、9雌)、ミンミンゼミも久しぶり に50を超え51個(32雄、19雌)、ツクツクボウシ5個(2雄、3雌)、ニイニイ ゼミ1個。なお、参考までに自宅より西方1.2キロほどにある茎崎町天宝喜(あまぼう き)の弁天神社(約100m×50m、杉、ケヤキ等の大木が茂る)で8月下旬から9月 中旬にかけて集めた脱皮殻はアブラゼミ196個(85雄、111雌)、ミンミンゼミ1 74個(77雄、97雌)、ツクツクボウシ42個(24雄、18雌)、ヒグラシ1個( 雄)。アブラゼミとミンミンゼミで雄の数が少ないのは8月中旬に神社の一部が清掃され たことによるものと思われる。
 アブラゼミの多発は昨年の予想どおりの結果だった。1993年、冷夏の年に孵化した 幼虫のほとんどが幼虫期間4年となったためである。ようするにアブラゼミの幼虫期間は 普通3〜4年である。また、個体数が多いせいか、7月の末ころは未熟な個体が、8月中 旬以降は寿命と思われる個体の死骸が目に付いた。ミンミンゼミは自宅では雄の数が多い 割には活動が不活発で6個体ぐらい鳴いていたのが最高で、多くは2〜3個体しか鳴いて いない日が多かった。また、ヒグラシは何度も庭に鳴き移りで来ており、8月3日には庭 で1雌を採集したが、ニイニイゼミは自宅周辺では1度も声を聞かなかった。鳴いていた のは飼育のものだけである。


3、クロイワツクツク

 沖縄産のクロイワツクツクは普通に飼育したのでは10月頃にならないと羽化しない。 それも雄だけ(1997年も同様だった。表1参照)。そこで8月下旬に羽化させるため 積算温度を高くしようと1995年からI氏よりいただいて飼育している沖縄産のアロエ の容器を5月〜6月にかけて約30度に加温してみた。しかし、8月下旬になっても羽化 しそうもないので、8月30日に容器の中を開けてみた。容器からはまだ目の白いオオシ マゼミの終齢幼虫2雄、このオオシマゼミ幼虫は当然のごとく羽化しなかった。クロイワ ツクツクの羽化直前になっていた終齢幼虫1雌が出てきた。この雌は夜に羽化した。
 雌だけではどうしょうもないので、8月31日例によって千葉県白浜町へと出かけた。 バスを降りるとクロイワツクツクの声がかすかに聞こえていた。鉄工所の脇の細い路地を 通って行くと、右側に大きな樫の木があったのだが、それがなくなり土蔵兼住居みたいな ものになっていた。庭ではクロイワツクツクが数個体鳴いている。クロイワツクツクは普 通8月末頃はまだ雄ばかりなはずなのに雌が簡単に見つかった。雄も寿命がつきかけて、 今にも死にそうなのがいた。1997年は出現期が半月程早まったようである。
 採集してきた雄とアロエから羽化した雌いっしょにしておいたが、産卵はしたものの雌 が8日で死んでしまい、雄も寿命で鳴かなくなっていたので、掛け合わせが有効だったか は疑問である。
 クロイワツクツクの成虫飼育は木が合わなくて白浜のものだけがなんとか採卵すること ができたもののその後の奄美大島産、久米島産のものはさんたんたるものだった。特に奄 美大島産の場合は飼育装置を移しているうちに1雄、1雌に逃げられ、雌は庭に居残って いたようだが、雄は100メートルほど離れた雑木林やその付近の人家の庭で10日ばか り鳴いていて、周辺の人たちのちょとした話題になった。また、アロエから羽化したツク ツクボウシも屋久島産の雄には逃げられ、雌は早死にしてしまい純系も掛け合わせもでき なかった。
 1995年から飼育していたクロイワツクツクの幼虫は沖縄産のもの以外に屋久島産の ものがあった。屋久島産は6〜7月にかけて坑道を掘ったり、活発な活動で羽化してきそ うだったが、8月に入るとまったく活動しなくなり、その後ほとんど変化がなく、主力の アロエが枯れたためかすべて死亡した。


4、温室で発見されたオオシマゼミ雌の謎

 9月21日〜23日奄美大島へ行った。アヤマル岬に着くと曇りでいつも聞こえるクロ イワツクツクの声がなく静寂に驚く。それでも探してみると成虫の姿を発見することがで きたが、昨年と比べると半数程度しか見つからない。発生が遅れているらしく雌は未熟な 個体が目に付く。夕方4時頃になって日が射してくるとようやく合唱になった。オオシマ ゼミも雄ばかりであまり個体数も多くなく、雌は22日に未熟で褐色な1個体を採集した に過ぎない。リュウキュウアブラゼミはさらに少なかった。
 自宅の庭にある温室にはいろんな昆虫が入り込んでくる。多くはチョウやガの類(クロ アゲハやアゲハが目に付く、1度ゴマダラチョウがいたことがあった。)もちろんセミも入 り込んでくる、ミカドミンミンの雌やアブラゼミの死骸などが見つかっている。
 久しぶりに晴れた9月28日、温室の中でセミの羽音を聞いた。探してみるとなんとオ オシマゼミの雌が見つかった。この雌は昨夜温室内で羽化したセミではない。と言うのは すでに緑色になっていて成熟していると思われた(22日に奄美大島で採集したオオシマ ゼミの雌はこの時点で、まだくすんだ緑色だった。)ことと3日後の10月1日より産卵を 始めていた(奄美大島で採集した雌が産卵したのは10月6日である)ことや体長が奄美 大島で採集した雌よりも大きく沖縄の名護あたりの個体と同サイズだったことによる。温 室で発見されたオオシマゼミの雌は外から進入した可能性が高い。5年前奄美大島産のオ オシマゼミを飼育し採卵している。その時、卵の一部を庭の木につるしたままにした。そ れが羽化して成熟の後、温室に飛び込んだ可能性があるが、脱皮殻を見つけることができ なかったので決定的なことは言えない。ただ、奄美大島のオオシマゼミは終齢幼虫で冬を 越すとができることは飼育で確認している。


オオシマゼミが鳴く環境
オオシマゼミが鳴く環境 久米島

5、久米島10月

 久米島はどこまでも続くサトウキビ畑と取り残されたようにリュウキュウマツの大木が 所々にある島である。
 10月10〜12日沖縄本島より西へおよそ100キロにある久米島をたずね、空港の 近くのホテルに泊まっていた。ホテルの周辺には海岸に沿ってわりと高いモクマオウの林 が続いている。クロイワツクツクは奄美大島とは生息環境が異なるようで海岸付近のトベ ラなどの低木には見られず、おもにそのモクマオウの林で鳴いている。最初は木が高く採 集困難かと思ったが、おもに直径10センチ以上の木に多く、2メートル以下の幹にいく らでも見つけることができた。もっともかなりの大木になると3メートル以上の高さにと まっているが…。
 鳴き声も奄美大島の個体と比べるとやや異なり、基本的には沖縄産と同じだが、音色が なんとなくハルゼミのような感じに聞こえ、1度目の強音と2度目の強音にはさまれた弱 音がやや強調されるように聞こえる。また、雄は大型化する傾向があり、なかには奄美大 島のオオシマゼミと同じくらいのものも見受けられ、そのような大きな個体では背面の緑 色が鮮やかになる傾向がある。さらに前羽の暗色紋もオオシマゼミのようにはっきりと現 れる個体が多い。
 11日はホテルのレンタサイクルでオオシマゼミを探しに行った。ひたすら山を目指す。 大岳の山麓、君南風殿内付近までくると、ようやくオオシマゼミの声が複数聞こえてきた。 想像以上に坂が多い。坂の上り下りにともなってサトウキビ畑、リュウキュウ松の大木を 交えた雑木林、そして集落がくり返し現れる。うんざりしながらオオシマゼミの観察しや すい場所を探すが、久米島のオオシマゼミはたいていの場合見上げるようなリュウキュウ 松の大木にいて、多くは木の高い幹で鳴き、めったに降りてこない。しかも個体数はあま り多くない。低かったのは人家の庭に植えてあるヤシの木で鳴いていたのを採り損ねたぐ らいで、ほとんど手も出せなかった。また、雌の脱皮殻は見つけたが、雌の成虫の姿は一 度も見なかった。
 鳴き声は基本的には沖縄本島のものと変わらないが、鳴き移りを頻繁に行っている時な どテンポの早い“ジイジイジイ…”と言うような長い前奏音をともなうことが多い。また、 沖縄本島の個体にみられるような高潮音のテンポが急に早まったり、元に戻ったりする鳴 き方はしていなかった。
 生息している標高は100メートル前後が多く、200メートルを超えるといなくなる ようで、山の上の方ではまったくセミの声が聞こえない森が広がっている。海岸付近は当 然のごとくクロイワツクツクだけとなる。なんとなく徳之島の生息状況を思わせる。オオ シマゼミは島ごとの格差がクロイワツクツク以上に大きいと感じた。
 最後にリュウキュウアブラゼミは古い雌の脱皮殻を一つ見つけただけ、それとダルマ山 の東側を登っていったところでクロイワニイニイの声を聞いたのが印象に残った。


6、対馬11月

 11月2日昼過ぎ、厳原についた。ホテルへ行くにはまだ早すぎるので、チョウセンケ ナガニイニイがいるという内山近くまで行けは、1匹ぐらい鳴いているだろうと思い。テ クテク歩き出した。この行為が後でいかに無謀なものであるかがわかるのだが、あと少し 行ったら戻ろうと思いつつ、内山までの半分少しの行程を歩き、峠の登りに差し掛かった ところで、ドライブ中の地元の中年夫婦に拾われたのである。そして、ずうずうしくも、 中年夫婦をチョウセンケナガニイニイ探しに巻き込んでしまったのである。そのチョウセ ンケナガニイニイは峠を下る途中にある神社の常緑樹のかなり上の方から聞こえてきた。 鳴き声は1個体で、ニイニイゼミというよりはチッチゼミを思わせるものがある。このあ と、内山の集落より少し行った。桃ノ木という集落でも1個体鳴き声を聞いた。さらに小 茂田、上見坂公園と案内してもらったのだか、チョウセンケナガニイニイの声はそれ以上 聞けなかった。
 翌日はタクシーで内山へ行った。内山という集落は対馬では数少ない盆地、内山盆地の 一番奥にある十数軒ほどの家しかないと思われる集落である。この集落には商店など見あ たらず、自動販売機はあるが、公衆電話は数キロ離れた鮎戻し公園の入り口まで行かない とない。木造の分校、雑木林、タイムスリップでもしたような山里の風景がそこにある。
 チョウセンケナガニイニイは峠を下ってすぐの雑木林で複数鳴いていただけで、ほかは 単独でしか鳴いていない。それも日当たりの良い場所だけで、日当たりの悪い斜面ではま ったく声はしていない。そして鮎戻し公園の入り口付近までくるとチョウセンケナガニイ ニイの声は聞こえなくなる。とまる高さはかなり高く、ついに姿すら見ることはできなか った。

チョウセンケナガニイニイが鳴く雑木林
チョウセンケナガニイニイが鳴く雑木林


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