蝉雑記帳’96



1、3年型欠落?

 今年、セミが多かったと感じたのは、6月23日の那須高原のエゾハルゼミくらいだっ た。いつもなら雌を探すのに苦労するのに、遊歩道に落ちていることさえあった。
 7月に入って自宅付近でニイニイゼミが鳴きだしたのが17日、ヒグラシが18日、ア ブラゼミが29日と、おおむね1週間ほどの遅れ。ニイニイゼミは自宅の庭で最高で2雄、 これはいつも通り、ところが、アブラゼミは鳴きだして1週間たっても1〜2雄の声が聞 こえるだけ、一向に数が増えていかない。7月30日にようやくミンミンゼミの雄が庭か ら羽化してきた。さらに8月3日に1雌、8月8日2雌と雌ばかり羽化してきた。ミンミ ンゼミは幼虫期間4年のものは雌が多い傾向がある。今年、雌ばかり羽化するのは去年の 残りが羽化しているだけではないのかと思った。そして、もはや個体数は回復しないだろ うとも思ったし、その通りになった。
 庭で見つかった脱皮殻はアブラゼミ3個1雄2雌(昨年11個6雄5雌)、ミンミンゼ ミ14個5雄9雌(昨年10個6雄4雌)ツクツクボウシ2雄、ニイニイゼミ2個。アブ ラゼミは昨年の4分の一くらいになっている。ミンミンゼミは4年に一度の多発年(1世 代)にあたっているためか昨年より多いが、雄の数が少ないため、発音活動は低調で、8 月18日に3雄鳴いていたのが最高で、アブラゼミも同じ日に5雄程度鳴いていたのが最 高だった。
 自宅以外では8月4日に水元公園、代々木公園、日比谷公園とまわってみた。水元公園 はニイニイゼミが多いと聞いていたので行ってみた。今年は不作なのか探し方が悪いのか 10個体程度の雄の声を聞いただけで、1本の木に集まっているようなことはなかった。 アブラゼミはここでは割と多かった。ミンミンゼミは1〜2雄の声。代々木公園、ニイニ イゼミは水元公園よりむしろいくらか多いような感じだった。アブラゼミは少なめ、ミン ミンゼミは同じく1〜2個体。早くもツクツクボウシ鳴いていた。日比谷公園では小音楽 堂の周辺の木々でニイニイゼミが鳴いていた。ロックコンサートでも聞いていたのかそこ から離れるとあまり鳴いていない。個体数はニイニイゼミ、アブラゼミ、ミンミンゼミと も代々木公園と同じくらいだった。
 8月11日は城ケ島へ行った。それほどクマゼミは少ないとは思わなかったが、ミンミ ンゼミはいつも見つかるバス停白秋碑前付近の駐車場周辺のサクラの木などほとんど見な かったし、歩いていて茂みの中から飛び出してくるようなこともなく、少ないと感じた。 アブラゼミはもともと城ケ島では少なめなのではっきりしない。帰りに東京飯田橋によっ てみた。飯田橋の駅から市ヶ谷方面へ向かって左側の土手のサクラ並木をミンミンゼミを 手で捕まえながら歩いていって、最初の陸橋を渡り、戻ってくると、いつもなら10雌ぐ らいは苦もなく集まるのに今年は2雌、1雄採集しただけ。
 アブラゼミ、ミンミンゼミの少ない原因は3年前の冷夏、アロエの1993年孵化の飼 育装置は翌年の猛暑でつぶれていて飼育では証明できないのが残念だが、卵の孵化が遅く、 さらにその後の低温で発育が送れ、幼虫期間3年のものが欠落または減少したためと思わ れる。


2、セミヤドリガの寄生による影響アブラゼミの雄の場合

 8月17日にアブラゼミ雄(8月11日城ケ島で採集)にセミヤドリガの4齢と思われ る幼虫が2個体ついているのを発見。この時点でヒグラシなどとは異なり、盛んに鳴いて おり、寄生の影響は受けていないようだった。しかし、セミヤドリガの幼虫が終齢となり、 しだいに大きくなるにしたがい、だんだんと息切れをするような鳴き方になっていった。 そして、約1週間で完全に沈黙した。さらに1週間後にはセミヤドリガの幼虫はセミから 離れていたが、ギチギチと短く鳴くだけで、正常な鳴き方に回復しないまま採集から22 日で死亡した。アブラゼミの場合体が大きいせいかヒグラシなどより寄生による影響が出 るのが遅いようだ。このほかニイニイゼミの雌(埼玉県東松山市物見山で採集)にもセミ ヤドリガの幼虫1個体の寄生が見られたが、寄生による影響についいては不明である。




表1アロエから羽化したセミ1996年

セミの種類 羽化日 羽化数 幼虫期間 備考
ツクツクボウシ 7月26日
8月11日
8月17日
9月1日
9月4日
9月8日
9月11日
9月12日
9月15日
9月18日
9月23日
1雄
   1雌
1雄
1雄 1雌
1雄 2雌
1雄
1雄
   1雌
   1雌
   1雌
   1雌
2年
2年
1年
1年
1年
1年
1年
1年
1年
1年
1年
屋久島雄×F1雌
屋久島雄×F1雌









クロイワツクツク 10月―日 1雄 2年 沖縄産



3、クロイワツクツク

 アロエから羽化したセミは表の通りで、飼育の方もさびしい結果になった。
 なおツクツクボウシの屋久島の戻し交配どうしの掛け合わせはできなかった(戻し交配 の雄の成虫は飼育に失敗。もっとも成功していても雌の羽化が9月になってしまったので 戻し交配どうしの掛け合わせは無理だった。この雌はさらに屋久島の雄と掛け合わせた。)。  このほか8月17日に沖縄産と思われるクロイワツクツク1雌が羽化しているが、昨年 の11月より20度以上に加温していたものの残りか(多くは終齢にまでなったが温度が 上がりすぎてだめになった。)、途中から昨年の残りの1雌も入れておいたので、どちら が羽化したのかわからなくなったのでリストからはずした。沖縄産のクロイワツクツクで も長い間気温の高い状態にしておくと8月中旬に羽化するようである。
 雌だけではしかたがないので、9月1日に南房総白浜町へ出かけた。クロイワツクツク も少ないかと思っていたが、すでに昨年の9月10日に匹敵するほどの声がしていて、今 年は多いらしい、昨年が少なかったのかもしれない。ほとんど雄ばかり、柿木ではツクツ クボウシに混じってとまっていた。3雄1雌採集。これ以外のセミは山の方でミンミンゼ ミ少々、野島崎公園付近でアブラゼミ少し、ツクツクボウシやや多くニイニイゼミの声も していた。家に帰って飼育装置を見ると、羽化したクロイワツクツクの雌は死んでいた。 ままにならない話し。
 9月7〜8日に行った屋久島でもクロイワツクツクは多かった。昨年は海岸から離れる とほとんど鳴いていなかったが、今年は海岸から離れた山の中でも散発的に鳴いていた。 しかし、雄ばかりで、雌はまだすくない。昨年も感じていたが、どういう訳か白浜の発生 状況に似ている。
 10月20日にクロイワツクツク沖縄産(‘94年孵化、I氏よりいただいたもの)を 飼育していたアロエに雄の脱皮殻が一つついていた。成虫は後日温室内のクモの巣にかか って死んでいるのが見つかっている。どうやら保温しなくとも2年で羽化するものがある ようだ。しかし、沖縄産の常温飼育場合どうしても羽化は10月になってしまう。これら のことから白浜のクロイワツクツクの幼虫期間は2〜3年であろう。
 後日、白浜のクロイワツクツクを保護するという話しを聞いたが、筆者は必要ないと思 う。故意ではなかったといえども人為的に持ち込んだものだし、環境も自然ではない。そ んなに採集者を目の敵にしなくても1年もたつとセミの会の談話会の話題にすらならない のだから、あと数年もたてば、だれも見向きもしなくなるのが目にみえている。


4、小笠原遥かなり

 話は前後するが、盆休みの小笠原行きホテルシップ(停泊中に船をホテル代わりにする もの4泊5日)に空きがあったので行ってみることにした。“おがさわら丸”は28時間 ほどかけて父島に着き、2〜3日停泊して戻ってくる。(1997年3月より、新造船小 笠原丸が就航して父島まで25時間半になる予定。)滅多に決行しない(させない)そう だ。

小笠原父島の風景
小笠原父島 小笠原父島
小笠原父島

 8月13日午前10時ミンミンゼミの声に見送られて“おがさわら丸”は竹芝桟橋を離 れた。房総半島を左に見ながらゴミが浮かぶ東京湾を後にひたすら南へ、一夜明ければ海 はコバルトブルーに、しかし、1日たってもまだ着かない。船酔いぎみで荷物扱いの2等 船室で横になっていると気分が悪くなるので、デッキに出て大海原を見ながら風にあたっ ているほかはなかった。もっとも皆気分が悪いらしく、船内は観光客が多かったのに酒を 飲んで大騒ぎしているようなやからは一人もいなかった。午後1時頃になってようやく小 笠原諸島の一番北、北の島が見えてきた。父島に近づくと2隻の船にむかえられ、予定よ り1時間遅れの午後4時少し前に二見港に接岸した。マイクロバスによる島内周遊がセッ トになっていた。長崎展望台、初寝浦展望台、亜熱帯農業センター、小港海岸を回り、最 後にウェザーステーションで夕日を見て二見港へ戻る約2時間の行程。この間注意してい たが、セミの声は全く聞くことができなかった。ただ小港にはセミがいるという話を聞い ただけである。環境はリュウキュウマツが生えているところを見ると奄美大島を思わせる が、傾斜が急で山の上の方は岩山になっており、低木が多い。
 夜は筆者を含めなぜか一人旅の得体の知れない中年3人が1等船室の1室(2段ベット が三つある)に泊まることになった。桟橋の近くではウスイロコオロギ、クサキリの仲間、 おがさわら丸に便乗してきたと思われる普通のエンマコオロギが鳴いていた。
 なお船内での情報源、テレビは八丈島あたりまで地上波が見られるが、その後は衛星放 送だけとなり、新聞は共同通信社のファックス新聞が掲示してあるだけ。父島の生協では 新聞が1週間分まとめて売っている。
 翌朝、亜熱帯農業センターのO氏と連絡がつく。聞けば3週間ほど出張で、筆者と同じ 船で父島に戻ったところだと言う。まるで笑い話である。今日は仕事で昼休みなら会える から亜熱帯農業センターまでたずねて来いとの仰せだったので、ほかにやることもないの で、歩いて行くことにした。父島は空気が比較的乾燥していて、南西諸島のような耐え難 い暑さではない。10時前には着いてしまったので、そのまま通り過ぎ小港海岸へ(二見 港から7キロ強)、地元の人がタマナと呼んでいるテリハボクの大木の防風林に近づくと セミの声が聞こえてきた。クロイワツクツクと同じ声が聞こ えてくかと思ったが、なにかがおかしい、クロイワツクツクの1回目の“ゲー”の部分が “ゲシッ”と聞こえ、とぎれた後の“ジリジリ”の部分は“ギー”に近い音で、続く2回目 の“ゲー”は“シャッシー”と聞こえ、“ギー”の音につながりこれを繰り返す。離れて聞 くとクロイワツクツクは1回目の“ゲー”の方がやや長く、2回目が短く聞こえるが、 オガサワラゼミは反対に1回目が短く2回目が長く聞こえる。 そして、クロイワツクツクよりややゆったりと鳴き、少し品が良いように聞こえる反面声 のとどきが悪いようで、波の音や出店の発電機のモーター音にかき消されそうになる。 それと数分で鳴きやみ移動するときと1ヶ所で長く鳴くときがあるらしい。 昼には亜熱帯農業センターでO氏と1時間ほど雑談し、中央山にはオガサワラゼミがいる かもしれないと言うので、向かうことにした。山道がきつかったが、中央山展望台に吹い てくる風は涼しく南の島にいることを忘れさせる。そして夕方には港に戻った。 前日マイクロバスで回ったコースを逆に徒歩でたどったことになる。翌日も港の 周辺を歩いてみたが、結局オガサワラゼミの声は小港で聞いた1雄のみだった。
 船が二見港を出るとき、6隻以上船が見送ってくれた。いつまで追いかけてきて見送っ ていた。観光客は父島の人々との心のふれあいを求めてくるのかもしれないと思った。

戻る